昨日の続きです””第七感で、無意識のレベルの感覚。心覚。

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今日はチヨイと、むずかしいようですが、読みごたえはあると思います、

小池塾ならぬ、中村00塾のはじまり、(少しながいかも?)



第七感・第八感は私達になじみの少ない言葉ですが、仏教ではその存在を心理学の発達以前から明らかにしていたようで、



特に第八感は、人間のみが持つもので『アラヤ職(なんでもそこに全てあるという意味だそう)』と呼び、悟りを表します。



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以前読んだ、ある宗教の本からの引用文献です。







それはユングの言う『集合無意識』や、『曼荼羅』と非常に共通した意味を持っているものです。



つまり第八感は『本質心髄』であって、そこに到達するには第七感が重要な鍵をにぎっているのです。

””さて、第七感について説明してみましょう。あくまでも私のいち見解ですのでご了承くださいね。



第七感のある環境は無意識の領域で心の感覚のこと。



この層は非常に厚く、時にその奥にあるもの(心の本質)をわかりにくくしています。

心に浮かぶ種々の感情・感覚、嬉しい・楽しい・恋しい・心地よい・悲しい・憎い・寂しい・怒りなどの全てが平等にここにあり、


感情の善悪・優劣は存在しません。それを人間の持つ我執や分別あるいは現代社会全体が善悪・優劣をつけ複雑にしています。





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話しは変わりますが、川崎市幸区は横浜市鶴見区がとなりです、


そこにはある宗派の総本山?があります、ある日そちらの住職らしき身分の高そうな方がアンティークの


時計をお買い上げいただきました、「そうしたら後日、僧侶らしき、人達が頻繁に入れ替わりにご来店、」


>>お金もっているんだ<<、と思ったら、遠洋漁業の漁師みたいなもので、使いみちがない、


なーるほど、「納得できる」  修行中はそうかもしれません






思わず聞いてみました、お題目三唱の時は付けているのか??


 


””いいえ修行中は”””






そうだよな(趣味と修行は別、、)なかなかよろしい住職に付いている、しかし住職は時計を付けているのか???







俺は無宗教ですが””これからどこかのお寺に入って朝5時に起きて掃除でもして修行するか”””






いいや、たぶん、年齢制限でダメかも、、いま( 67歳 )です。。