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俺がはじめてインスタントラーメンを食ったのは
確か1958年(昭和33年)記憶、小学校の時、近所の農家でご馳走になった。



なにか変な袋からかたい麺のかたまりだ??ん?何だ?
安いどんぶりに入れて(たぶん?)
そして やかん から熱湯をドクドクと入れてるのだ。(何だ)
なにをしてるんだ??
そしてどんぶりにふたをした。(3分待つのだ)、何を言ってるんだ。
本当にラーメンはできるのかよ。

友達の家のおやじさんもそばに(だじゃれ、ではありません)
いるので心の中で叫んでいたのだ。
このおやじさんは顔がヤクザみたいだった。(怖い感じ)



そして3分たったと思う。俺は当然時計なんて持っていない。山勘だ。。
60を3回 かぞえたかも・・・ 
時間よ早くすすめぇーー進めぇーー
やっとどんぶりのふたをあの怖そうなおやじさんがニヤニヤしながら取った。
オッオオォォーいいにおいがする、確かに見た目ラーメンだ。。
見たこともない、聞いた事もない、もちろん食ったこともない。
俺の目は点になっている。(食っていいぞ。)
アッ(はい)よーしいくぞ・・
うまいメチャクチャうまい。おれの口のなかは(喜びと感激とうれしさと)
なんだか心と口の中がいっぱいになった。



これがあの日清チキンラーメンだったのだ。
それからは「エースコック」「マルタイ」「明星食品」から、
スープ別添えのラーメン(これは鍋を使うのだ) 
サッポロ一番(サンヨー食品)が醤油と塩味も美味かった。
ラーメン用語は差別用語撤廃から、
「支那そば」が「中華そば」、「ラーメン」に落ち着くらしい・・・
俺の記憶では35円だったと思う。
1956年(昭和31年) 東京のラーメン一杯は30円〜40円 位の記憶がある。
今の時代俺が一番おすすめのラーメン屋は、1965年創業.井上(東京・築地)です。






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60年代のお菓子インスタント
  渡辺のジュースの素

 「ワタナベの、ジュースの素(もと)です、もう一杯。
憎いくらいにうまいんだ〜、不思議な(素敵な、だったかな…)
(榎本健一)日本一の喜劇俳優さん
エノケンのダミ声CMソングが今も耳にはっきりと残っているネ。
この歌の後に、確か「10杯飲んでも50円、一袋たったの5円」
とか何とかいうキャッチコピーが続いていたような気がします

このワタナベのジュースの素には、ちゃんと、オレンジ、グレープ、パイン(だったかな…)
3種類くらいの味があったと思いますが、
特に、小さい袋のワタナベのジュースの素の場合、
水に溶かして飲むよりも、直接、
袋に人差し指を突っ込んで舐めるというのが主流の飲み方(食べ方か)で、
唾液で溶かしながら味わうには、オレンジが俺は一番おいしかった。



食料品店では、店先のガラスケースの中に、切り身の魚やメザシ、
魚肉ソーセージや魚肉ハム、乾物類などが並べられ、壁際の棚に、
ヤマサ醤油やブルドッグソース、桃屋の江戸むらさき、
鯨の大和煮の缶詰やみかんの缶詰なんかと一緒に、



ワタナベのジュースの素が置かれていたものでありました。
(なつかしぃーなぁー)



さらに、ワタナベには、お汁粉の素というのもあって、、
かの林家三平師匠が「おもちも入ってペタペタと、安くて、どうもスイマセン」
(頭に手)・・・
というCMで強烈に印象に残っていますが、
おもちといってもほとんどあられのような奴で、あんこもあまりおいしくなく、
子供心にも、
「おもちも入ってカリカリと、まずくて、どうもスイマセン」
というべきではないだろうかと思ったのを覚えています。
こうした粉末ジュースの類としては、
他に、井村屋のソーダラップ、春日井シトロンという、炭酸系の粉末ジュースもあり、



井村屋のソーダラップのメロン味が俺の中では結構うまかった。。
(ジュースもどんどん進化したんだな)・・

 ・・・・そしてあの衝撃的な飲み物・・(コカコーラ)・・が登場するのだ・・・

この時代、俺の家は石油ストーブがはいり
家の明かりは 電球から蛍光灯にかわり 
テレビでは西部劇(ララミー牧場)名犬ラッシー奥様は魔女・・
そしてこの時代の流行言葉は三種の神器
(掃除機、冷蔵庫、洗濯機)俺の家にはひとつもなかった






それでは、「”昭和”の時代を駆けた時計たち」をお楽しみ下さい。