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俺がはじめてコカコーラを飲んだのは
1958年〜1959年頃だった。
親父が”アメリカの飲み物らしいぞ”
そうかー、変わった形のビンだな・・・
色もなんか変な色だしなぁー・まっーいいっか、
飲まなきゃ親父に悪いしな。・・
飲んだ・・(グエーッ・マヅイなぁー)
何だこの変な薬みたいな味は 俺はからだ、どこも悪くないぞ、オヤジ。
なんでこんな不味いジュース俺に飲ますんだよ。
俺何か悪い事したかぇ?(いつもしていたけどネ。)殺す気か・・



この時代、俺の家には冷蔵庫がなかったからそのまま飲んだのだ。
それも真夏だよ。
かすかに覚えている(外にも出たくない日本が火事かよ、くらいの日)

小学校の同級生のお母さんが「コーラ飲みますか?」
またかよ・・心ではいらないです。
でも言えないのだ、このお母さんが超美人なのだ。”五重丸”
「よく冷えてますよ」言葉も綺麗だった。
同級生はたいした顔ではない、お母さん別にいるのかな。

恐る、恐る、飲んだ??オオッ(カッーウメェー超うめぇー)

これがあの時おやじ飲ませてくれた時と同じコーラかよ??
俺には未知の体感だ。



当時俺たち子供の中である噂があった、
ボトルの下のところに四角いくぼみと、丸いくぼみがあった。
四角は辛口、丸は甘口だと??
しかし俺にはわからなかった。
そんな事はどうでもイイのだ、飲めればイイのだ。
アメリカ人はスゴイ物を飲んでるんだ。
そして、それからは、ファンタとかスプライト、
強烈な味はドクターペッパーだ。コーラの3倍だね。
ちなみにコーラのボトルのデザインは女性の ボディーライン(上半身らしい)
間違いなくきれいだ・・・




ところで皆知っているかい?

今の時代は自動販売機でドリンクを買うが
(自動販売機の数は知らないが、たぶん世界一だ・・・)
此処からが大事な話だ、みんなが生きるか死ぬかの問題だ・・
(自動販売機に関係おお有り)
俺たちの時代は電信柱がありそこに地番が必ずあった。

今はそれがないのだ。(都会はネ・)
もし、もしだよ
急病や事故にあったら119番なり110番に電話するよな。
(場所は何町何丁目何番地ですか?)相手は必ず聞いてくるよ。
「??会社の前」とか「???薬局の前です」と言っても助けには来てくれないゾ・・
その時は慌てずに自動販売機の下あたりを見るのだ。
必ず地番のシールが貼ってあるのだ。
誰かが倒れていたら自分の携帯で電話しながら
自動販売機を探せ、探さなくても(あわてるな・・)
目の前にあるだろう・・



平成の時代でも人に関心を持ち仲良く助け合いながら生きていきましょう。
国土交通省国土地理院と、自販機業界が警察や消防長会と連携して、
緊急時の住所地の把握のために行っているそうだ
今日の中村は今までのブログで一番いいこと言ってる。
(なんのこれしき、これも、世のため人のため自分のため、アレッ・・)


コカコーラは1886年 米国ジョージア州アトランタで
薬剤師 ジョン・S・ペンバートン博士がコカ・コーラの製造販売を始める。

1958年 日本飲料工業株式会社を日本コカ・コーラ株式会社と社名を変更した。。



一人の天才の熱意から生まれた黒い液体は、
その後1世紀以上も愛され続けるほどの完成したものであった。
それは偶然なのか、それともPenbertonの直感であったのかは今となっては知る由も無いが、
世界初のコーラであるコカ・コーラは今なお王の座に君臨し続けているのである。

参考文献:コカ・コーラ帝国の興亡/100年の商魂と生き残り戦略
マーク・ペンダグラスト 著、古賀林 幸 訳「徳間書店」

俺もコカコーラのノベルティーものはいろいろ持っているが。
今回は特別にオメガの時計を見てください。



この時代は「フラフープ」の大流行
国産プラモデル登場(飛行機、戦艦、車、)
これで俺はかなり手先が器用になったかも??
だっこちゃん人形なんてかわいいのもあった。






それでは、「”昭和”の時代を駆けた時計たち」をお楽しみ下さい。