カテゴリ:スタッフ日誌 > アキラのこぼれ話

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ある夏の昼下がり、私と友人の会話....。
目の前のテーブルにはブラッディーマリーが2つ....。


「一体、誰が考え出したんだろうナ、こんな酒...。」
「まあ、トマトジュース好きの人間だった事は間違いないナ。」
「ん~。相当に酒の強い奴だったんだろうな...。」
「...だろうな。でもまあ、トマトほど身体にイイ野菜はないらしいゼ。」
「それにウオッカ入れたのかよ。...まあアメリカ人の作品だな。」
「でもよ、血まみれのマリーっていう名前はさあ、相当皮肉っぽいからイギリス人が名前つけたんじゃねえの。」

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「マリーってマリーアントワネットの事かな...。」
「よく分かんねえけど、全ての人民が平等っていうアメリカ建国の考えから言えば、このブラッディーマリーっていうカクテルはひょっとすると否定的な物かもしんねえナァ...。」
「いやー、そんな政治的な意味は無いと思うよ。ただ単純に、まだ空に太陽がある昼間っから、普通に強い酒を飲むためのアイデアだったんじゃねえの。...だって、すっげえアメリカ的じゃん..。」

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「こんなもん、昼間っから飲み続けた日にゃ最後はどうなるか分かってるよな、っていう意味を込めての名前かもナ。」


「本当はさあ、仕事を終えて帰宅して、シャワーのあと、バスローブかなんか羽織って飲む場面とかにも似合いそうだけど、なんだかこのブラッディーマリーは朝とか昼の酒っぽいよなァ...。」
「まあそういやぁ、オレ達もコイツを飲る時はいつも昼だもんなァ。」


「そうだよな。それでもコイツは若い男には似合わないネ。あと、女にもナ。」

「..そうな。でもよ、数々の恋愛を経験して来た女、例えばローレン=バコ―ルやフェイ=ダナウェイみたいなイイ女が、朝のテラスで飲むっていうイメージもあるんじゃねえか。」

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「そんな女、今時いねえよ。」
「....だよな...。」



夏の暑い昼下がり。ブラッディーマリーを飲りながらの
オヤジ2人のとりとめも無い、ゆるい会話でした....。


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前回、このブログで次元大介の酒はI.W.ハーパーと書きましたが
今回はそのバーボンについてチョット書いてみようと思います。


人はバーボンという酒を飲む時
何故か必要以上に奥深い所へ行こうとしてしまうらしいです。
バーボンの友と言えば渋めのジャズを思い浮かべたり
やっぱり良質のミステリーでしょう...、
なんてムキになる人が多い事でもそれが分かります。

まあでもね、バーボンはアメリカのスノッブな飲み物というよりは、どちらかと言えばブルックリンあたりのワーカー達の気取らない飲み物なのです。
全然構える事無く、ロックでもソーダ割りでも好きな様にグビグビやれる
それがバーボンという酒なのです。

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そしてそこにほんのりとアメリカが大切にしてきたソウルがあって
バーボンを飲むという行為は、そんなソウルを少しずつ体内に注入していく
いわば点滴しているみたいな物なのです。


でも、気をつけなくてはいけないのは、ソウルとは必ずしも陽気なものばかりでは無く、悲しい気分も含んでいるという事です。

バーボンをヤル時に私が良く聞く、グレン=フライがいた、イーグルスの
「ホテル カリフォルニア」はそれ以降も、どこかそんな都会の悲しみを
歌っていました。

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都会の片隅でソウルと共にコイツを飲れば、
陽気にも悲観的にもなってしまう...、
それがバーボンという酒のスピリットなのです。

次元大介のハーパーもそんなスピリットに溢れていました。

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バーボンをその時の気分に合わせて自在に自分で操る....。

さて、今夜はどこで飲もう。パートナーには誰を選ぼう。
つまみは何にしよう。思案に暮れる私.....。
そして又は、何かを待ち焦がれる気分も...。

そう、これこそが、バーボンを飲る時の何より大事な "友達"
なのです....。

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次回もお酒について書こうと思っています....。




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「ルパン三世」がアニメ化されて今年で40周年を迎えたそうです。

この一年半余り、毎週このブログを書き続けて来たのに
私はこの大好きなアニメのタフな奴らの事を書くのをスッカリ忘れていました。

どんな苦境に追い込まれても、くじけず肉体と頭脳を駆使して戦う男。
スクリーンの中でのそんなタフガイのイメージといえば
A.シュワルツネッガ―か、S.スタローンあたりでしょうが
私にとってのタフガイといえばルパンや次元なのです。


この「ルパン三世」。いまさら説明の必要もないと思いますが、
遊び心に溢れたハードボイルドからコメディーまで
様々に繰り広げられるこのアニメが私は大好きです。

その中でもルパンは勿論、私は次元大介が大好きなのです。
五右衛門と共に、ルパンに対してベタついた男の関係では無く、
サラッとしたクールな関係をいつも保ちつつ、それでもお互いの信頼は厚く
何があっても決して裏切らない....。

そんな彼らを見る度に私は、
「男はタフでなくては生きて行けない。優しくなければ生きて行く資格がない...。」
というチャンドラーの台詞を思い出すのです。


「ルパン三世」というアニメのその本質とは...。
それは不可能と思われる事に挑戦する事。それも遊び心で...。
という事だと思います。

例えば、凄いスポーツカーに乗ってる相手に、自転車のルパンがどう勝つか。
あるいはジェット戦闘機に対し、ルパンのフィアットはどう戦うのか。
それがこのアニメの本質だと思うのです。


私がこのアニメを好きな理由はまだあります。
それはルパンと次元の持っている物のクオリティーの高さと、
それを丁寧に表現する制作スタッフのこだわりに感心してしまうのです。

ルパンの愛車といえばフィアットの500ですが
初期の頃にはメルセデスのSSKにも乗っていました。
拳銃はワルサ―P38、タバコはジタン、そして腕時計はロレックスのクロノグラフをしていました。

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一方、次元大介の持ち物といえば、腕時計は初期の頃はオメガのスピードマスターとロレックスのアンティークの赤サブが有名でしたが、ある時期は、なんとあのゼニスのエルプリメロをしていた事があり、私はそのこだわりに、本当にビックリしたものでした。

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元殺し屋の次元の拳銃は
S&W(スミス&ウエッソン)M19コンバットマグナムです。
それもオートマチックでは無くリボルバーにこだわり、酒はI.Wハーパー、タバコはマールボロかポールモ―ルという渋い趣味なのです。

40年の間、数々の修羅場を乗り越えて来たルパン達ですが、
内容はその作品ごとに、携わった制作スタッフ達により大きく変化してきました。

当初は不二子のお色気と、ルパン、次元、五右衛門、銭形警部がとても暗いアウトローな感じで表現されていて、大人のアニメという感じでした。

それまでのアニメではクルマや拳銃等のメカや細部を丁寧に描く事など
考えられない事でした。
だからそういったこだわりの場面を見ると、きっと制作スタッフ達自身も好きな物を存分に描いて楽しんでいたんだろうナ、と私は思ったりしたものでした。

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そうして、時代と共に変化を繰り返し
1979年に私の一番好きな「カリオストロの城」で大きな話題を呼び
盛り上がるのです。


ルパンは泥棒。
そしてアウトローの仲間達。
盗みは当たり前。
それが「カリオストロの城」の最後の場面、銭形警部が
「ルパンめ、まんまと盗みおって。」とクラリスに言うと
「いえ、あの方は何も盗らなかったわ。」とクラリスが言います。
そこで最後に銭形が、
「イヤ、奴はとんでもないものを盗んで行きました。...あなたの心です。」
この言葉こそが、このアニメのもう一つの本質だったと私は思うのです。

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たくさんのお宝は勿論、ルパンはタフさと優しさを根底に持ちながら、
「心を盗む」泥棒だったのです。


40年もの月日が流れ、私はもうルパンや次元より年上になってしまっていると思います。

それでもタフで優しい彼らに対する憧れは変わらないのです....。

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夏休みといえば、なんと言っても自由研究です。

宿題のなかでもこれはチョット別格だった様に思います。
私は小学校6年間で3回、昆虫採集を自由研究のテーマとして提出しました。

今では、触る事も出来ないかもしれない虫が大好きで、
カブトムシやクワガタ、蝶や蝉など
母親に買ってもらった昆虫図鑑とにらめっこしながら、
当時まだいくつもあった雑木林へ、朝と夕方に出かけたものでした。

虫取りの準備は虫取り網、虫取りカゴ、そして麦わら帽子が必需品で
いつも同じ格好で野山を駆け回ったものでした。

その当時、昆虫採集セットなる、怪しげな物があり注射針の付いた、
注射器とA液、B液という謎の赤と青の液体が小さなビンに入っていて
採ったばかりの昆虫に注射して保存をしたりしていました。

あれが何だったか良く解りませんが、幼な心にまるで虫博士にでも
なった様に注射したものでした。

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注射した昆虫はお菓子の箱等を切り抜いた、自作の箱にピンで固定し
小さな紙に昆虫図鑑で調べた名前を書いて貼っていきました。


昆虫を採るにはまず、その虫が何を好んで食するかを調べ
どんな場所を好むのかも、当時は良く知っていた様に思います。

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野山を駆け回っていると、成虫だけでなく
葉っぱの裏に幼虫も良く見つけました。
ある時、私はそれを家に持ち帰り
蝶になるまで観察した事がありました。

卵からふ化した幼虫は、付いていたその葉っぱしか食べません。
どんなにお腹がすいていても彼らは、他の葉っぱをあげても
決して食べようとはしないのです。
何日かたつと、幼虫はやがてサナギになります。
徐々に色が変わり、殻が薄くなり、羽根の模様がうっすらと
浮かび上がってきます。
私は眠らずにその瞬間を待ちます。
サナギの背中が破け、蝶が姿を現します。
まだ羽根もくしゃくしゃで、せわしなく脚を動かし
しばらくして羽根に力が充満して、艶やかに輝き出す...。

こんな光景を私はただ、命ってスゴイなァ...と思いながら
観察したのを思い出すのです。


この自由研究。自由と研究という名が付いている様に
幼い私達が何を題材にしても自由で、自分の興味の赴くままに向かう事の出来た
唯一の宿題でした。

私の様に昆虫に向かい合うのも良し、海での貝殻集めでも良し
又、好きな船やクルマを工作するのも、夜の星座や花の観察でも
何でも自由だったのです。

専門的な知識や理由などいらない、幼い私達が自分で選び自分で推し進められる
本当に自由な勉強だった様に、今思い出されるのです。

その時は膨大な宿題の一つとしか感じられなかった
この夏休みの自由研究というのは今になって思い返して
初めてその楽しさが分かる、勉強だったと思います。


少年時代に夏の空や海や風とつながり、その中に自分の身を置いて
感じるままにやる事が出来、先生や大人達の評価なんてどうでもいい
理論なんかぜんぜん気にする事もない自由がそこにはあったのです。


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8月の終わりに、溜まってしまった宿題を
母親の手を借りてやっと完成出来た膨大な量の宿題.....。
毎年、決まって夏休みの終わりは、こんなことを繰り返していた私ですが
今思い出すと、この自由研究だけは、何故か自分だけで完成させたかった
思いがあったのです....。

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全く、あの研究心と無垢な心はどこへ行ってしまったのでしょうか...。

毎日毎日、コツコツやる事は今も相変わらず苦手な私ですが
あの時は一生懸命だったなァ....。

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人には誰でも忘れられない瞬間があるものだと思います。

毎年、夏が来ると思いだす、嬉しかった様な、せつない様な、私には
忘れる事が出来ない話を今日は書こうと思います。


高校二年の頃、私には彼女がおりました。当時、流行っていたパーティーで
知りあったNという赤坂のY女学園に通う、私と同級生の子でした。

小さくて、可愛くて、チョッピリ泣き虫で、私が生まれて初めて真剣に
女子を好きになり、初めて本当の彼女と言える女の子でした。


お互い若く未熟だった頃ですので、彼女とは色々な事があり、今でも
忘れられない出来事があります。
知りあってまもなく二人で一泊で海へ行こうという話が盛り上がり、
確か、7月上旬の土日で三浦海岸へ行った時の事でした。

世の中を舐めて甘く考えていた私は、なんとかなるだろう..、と宿の
予約も取らずに出掛け、海で一日遊んだ後、何軒あたってもどこにも
宿の空室が無くて、困り果てて一軒の民宿の様な所で、「客室じゃなく
てもいいなら...。」ととても小さな部屋に泊まった事がありました。

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私との初めての旅行なのに、なんだか冴えない所に泊まる事になり、
一応夕食は用意してくれたので、それを済ませ、二人になった時でした。

きっと、もっと素敵な旅行を思い描いていたであろう彼女が、目に一杯
涙をためて、それからポロポロと泣き始めたのでした。

私は「..ごめんネ、こんな所に泊まる事になっちゃって...」
「...うん...大丈夫...」
「今度はチャンと予約してから来ようネ...」
「...うん...」

その小さな部屋で、その晩彼女と抱き合いながら、布団に入った時も
彼女はまだ泣いている様でした。
「...本当にゴメンね.....」
「....うん...」


こんな事があったりしながらも、その後も私達はとても仲良く付き合って
いました。

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そしてその年の夏休み。私は部活等があったのですが、丁度二週間位の
日にちが空いたので、何かバイトをしたいと彼女に話していた時でした。
休みに入ってからも毎日の様に逢っていた私達は、私がバイトをしても
逢えるにはどうしたら良いか...、なんて事を話していました。

彼女が、「私の家のすぐそばにお父さんの知り合いの会社があるから、
そこに頼んでみようかナ...、そしたら仕事が終わったらすぐ逢えるし...」
「えッ、ホント。でもさっき言ってたみたいに夕方4時位に上がらせて
貰えるのかナァ...」
「たぶん、大丈夫だと思うから、お父さんに聞いてみるネ。」

東京の郊外のK市に彼女の家はあり、そこから本当にすぐの所にその
会社はありました。

今では何の仕事をしたのかも思い出せませんが、私はその会社でバイトを
する事にしました。
二週間、それも午後4時まで、なんていう虫の良い条件で....。


その会社は割合大きな工場を併設していて、角地に建っていて、その工場の
長い樹木の植え込みと壁が続く道路をはさんで彼女の家がありました。
工場の入り口から直線で100メートル位の所だったと思います。


私は横浜の自宅からその工場へ通い始めました。夕方4時に仕事が終わると
毎日必ず彼女が入り口の門の所で待っていてくれ、そのあと、二人で遊びに
行ったり、お茶したりしてバイトも楽しくやっていました。


ある日の事でした。午後4時に近づき、そろそろ仕事が終わろうとしていた
時、何だか雲行きが怪しくなり、夕立が来そうな気配でした。
「こりゃ、降るかもナ...。」

いつもの様に4時ピッタリに仕事を終え、会社の建物から出たその時でした。
陽は差しているのに黒い雲から一気にドシャ降りの雨が落ちて来たのです。

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会社の門までダッシュで行くとまだ彼女は来ていません。
「ウワァー、しょうがないから、走るか..。」
私は門を左に出て、会社の壁と植え込みを左にしながら、一直線に伸びた
道を彼女の家に向かい走りました。雨はさらに強く振って来ました。


その時でした。まっすぐでクルマも誰もいない道の向こうから、傘を差し、
一本を手に持ち長靴をはいた彼女が歩いて来るではありませんか。

走っている私に気づき、彼女も走り始めました。
ドシャ降りの雨が降っているのになぜか陽が差し、植え込みの樹木から
キラキラと光がこぼれる中をお互いに向かって、二人は走りました。

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それはまるで、映画のワンシーンの様で、私は夢を見ている様でした。

私が彼女の傘の中に飛び込むと、彼女は
「ゴメンね。遅くなっちゃって...。」
「...うん...。」
「濡れちゃったネ...。」
「....うん...。」

樹木の間からキラキラと陽が差すドシャ降りの中で、私は何だか急に
彼女が愛おしくなり、道の真ん中の傘の中で彼女を抱きしめたのでした。

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もう何十年も前の事なのに、夕立があると今でもこの光景が鮮明に
頭の中にフィードバックされるのです。



彼女は今どうしているんだろう...。
あんなに輝く様な瞬間があった事を彼女は今も覚えているだろうか...。
幸せになっているんだろうか....。


今もせつなく思いだす、若い頃の夏の夕立の中での事でした...。
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